誰も経験したことがない大震災、ある理由があるから現地に行くことにした


大きな地震と言えば最近で言うと、

熊本の震災がありますね。

それではなく、

東日本大震災のときのお話です。

あの当時自分は東京に住んでいた時です。

多くの人があの異常な空気を体感しましたよね。

大混乱というのは、

あのときのことを言うんだなと感じました。 


一番恐ろしいと思ったのは、

金曜日に震災で、

土日をはさみ週があけ、

週明けから通常に業務をしようという、

そういう雰囲気がただよっていたことでした。

都内の電車は大混乱。

ホームは入場制限がかかり、

人が溢れかえっていました。

東京は比較的実害が少なかったせいか、

尚更こういった行動が見られました。

おかしいから。

あんな異常な状態で、

いままで通りなんて無理だから。

それを認めてしまったら、

全てがだめになってしまう。

そんな脅迫観念にとらわれてるみたいだったな。

当時の仕事は、

病院内でのお仕事。

間接的にですが、

医療を患者さんを支える仕事でした。

そのため尚更通常業務を求められました。

幸いなことに自分は、

通勤も食事も何も不自由はありませんでした。

出来ることをやる。

ただそれだけでした。

1つ心にとあることが引っかかっていました。

福島の現実です。

地震被害。

津波被害。

そして原発事故。

一番被害が大きかったわけです。

福島は特別な思い入れがあるんです。

何故なら父親の生まれ故郷だから。

19歳の時に父は亡くなりました。

物心ついたときには、

父と一緒に田舎にいくということはありません。

父の死後数年がたち、

ある日父の生まれ育った土地を、

この目でみたい。

肌で感じたい。

そう思い福島へいったことがあります。

車で移動するのが好きなので、

夜中に出発自分の運転で向かいました。

到着がちょうど朝日が昇る時間。

とある高台から見えた、

朝日の美しさはいまでも忘れません。

とても綺麗でまるで自分を迎えいれてくれているかのよう。

やっとこの眼でみることが出来た。

達成感とともに込み上がる気持ちがあった。

そんなことを覚えています。

あの美しい福島。

それが震災で見る影も無くなってしまった。

なにか自分には出来ないだろうかとずっと考えていました。

震災直後のボランティアは、

長期滞在可能な人しか募集していません。

自分の仕事を投げるわけにはいかないので、

行きたくても行けないという歯がゆい状態に。

さらに福島は原発問題が大きすぎて、

近づくのも困難な状態。

週末だけのボランティアはないだろうか。

一日から出来るボランティアはないか。

探していたら東京の、

とある避難所でのボランティアがありました。

一日から大丈夫。

応募して参加することに。

偶然だったんですが、

その避難所は、

福島の方が避難されているところでした。

ほんの少しだけど役に立てた気がした。

こうなってくると、

やはり現地に行きたい。

自分は福島も好きですが、

東北そのものが好きなんです。

なのでもう福島に限らずいこう。

いけることが出来るのなら、

喜んでいこう。

探していたら週末のみの参加が出来る団体を発見。

都内でミーティングがあるとのことで、

参加することに。

そこからの流れはトントン拍子に進み、

実際に現地にいくことに。

場所は宮城県は南三陸です。

はっきりいって縁もゆかりもない土地。

だけどこの事がきっかけで、

縁ができたのは間違いない。

これを大事にしたい。

実際に現地にいったのは、

震災後一ヶ月と少し過ぎたGWでした。

あの初めて現地を見たときの、

凄まじいまでの光景は忘れられない。

知り合った現地の方々からの、

貴重な経験を聞かせていただいたこと。

忘れるわけにはいかない。

このとき出来たご縁は、

いまも続いています。

少しづつ日常を取り戻している。

福島も少しづつ前に進んでる。

失ったものは大きすぎた。

だけどその後得たものも少なからずあった。

起きてはほしくなかったけど、

起きた現実がある。

その上でどう行動していくか。

どう生きていくか。

ただそれだけなんですよ。

いまここに自分がいることを大事に。

誰のためでもなく。

自分のために生きよう。

いまもそう思います。

自分のために生きていますか?

なお、当時の現地の話や、

写真などはとくに載せません。

今更掘り返すのもあれかなと思いますので。

興味のある人は、

酒でも飲みながら話しましょう(笑) 


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